ベッテル、ピレリ・タイヤでF1世界タイトルを獲得
(C)Pirelli Motorsport
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2011年10月9日、鈴鹿
レッドブル・レーシングのセバスチャン・ベッテルは、ピレリ・タイヤを装着してF1世界選手権を制したドライバーの仲間入りを果たしました。そのメンバーは、ジュゼッペ・ファリーナ(1950年)、アルベルト・アスカリ(1952、53年)、そしてファン・マヌエル・ファンジオ(1951、54、57年)のみです。ベッテルは、同時にF1史上最年少の2度の世界王者となり、9人目の2連覇達成者となりました。
過去24年のうち、11回目の世界チャンピオン決定の舞台となった鈴鹿での日本GPは、マクラーレンのジェンソン・バトンが制し、ピレリ・タイヤで今シーズン3勝目を挙げました。マクラーレンの鈴鹿での勝利は、通算9勝目です。マクラーレンは、鈴鹿において最も多くの成功を収めたチームという地位を、さらに強固なものとしました。バトンは、今シーズンのドライバーズ選手権2位の座を固めています。
ベッテルが2度目のタイトル獲得に必要としたのは、わずか1ポイントでした。予選でポールポジションを獲得し、決勝を3位で終えたことにより、毎レースで少なくとも1台は表彰台に上るという、今シーズンのレッドブル・レーシングのパターンは維持されました。2位は、フェラーリのフェルナンド・アロンソでした。
流れるようなコース特性と高い横荷重のため、日本GPにおいては、タイヤの摩耗が非常に重要な要素となりました。上位3人のドライバーは、すべて3回のピットストップを行っています。彼らは、3回目のスティントまでPZeroイエロー・ソフト・タイヤを使用し、燃料が軽くなった後、より耐久性のあるPZeroホワイト・ミディアム・タイヤを使用して、長めのスティントを行いました。
ベッテルが19周目にピットストップを行なった後、バトンは2回目のピットストップでリードを奪い取りました。ベッテルは、33周目に他に先駆けてミディアム・タイヤを装着し、フィニッシュまで20周を走りました。その4周後、フェラーリのフェルナンド・アロンソもミディアム・タイヤへ交換のためにピットインし、ベッテルの前に出ることに成功しました。
残り5周で、上位4人の差は6秒以内、アロンソがバトンの背後に迫った緊迫したフィニッシュとなりました。ミディアム・タイヤを装着したこの2台の差は、わずか1.1秒でした。
バトンやベッテルと並ぶ日本GPのもう一人の大きな勝者は、メルセデスGPのニコ・ロズベルグです。予選中に油圧系トラブルが発生したため、彼は、最後方グリッドからスタートしなければなりませんでした。しかし、ミディアム・タイヤでスタート後、ソフト・タイヤで3回のスティントを行い、14台を抜いて10位でフィニッシュし、ポイントを獲得することに成功しました。2回ストップ作戦で最上位となったのは、ザウバーのセルジオ・ペレスとロータス・ルノーのビタリー・ペトロフです。いずれもミディアム・タイヤでスタートし、それぞれ8位と9位でフィニッシュしています。
ピレリジャパン・プレスリリース
ピレリ・モータースポーツ・ダイレクター ポール・ヘンベリーのコメント:「まず、私たちピレリがF1に復帰後、セバスチャン・ベッテルがピレリ・タイヤで初めての世界チャンピオンとなったことを祝福したいと思います。彼は、今年ずっと無敵でした。彼が2度目のタイトルを獲得したことも全く驚くべきことではありません。また、非常にタフなレースを制したジェンソン・バトンを祝福したいと思います。これだけ素晴らしいレースをしたドライバーは、みな賞賛されるべきでしょう。私たちの観点では、非常に厳しいサーキットにタイヤがしっかりと耐え抜いてくれたことに満足しています。私たちの予想通り、2回もしくは3回のピットストップで、デグラデーションも通常の範囲内でした」
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